仙台高等工業学校設立
1906(明治39)年に設立された仙台高等工業学校は、1906(明治39)年10月に宮城県より敷地・校舎として宮城県立仙台第一中学校の敷地(現在の片平キャンパスの南側部分)・校舎の全部の寄附を受けました。しかしながら翌年1907(明治40)年1月に寄附を受けた校舎が火災により焼失。急遽、焼失を免れた寄宿舎を仮教室として4月から授業を開始しました。 翌年の1908(明治41)年には校舎が完成し移転、仮教室として使用していた寄宿舎を元に戻し「日就寮」として開寮しました。
1909(明治42)年の配置図(創立三十周年記念誌(S14 仙台高等工業学校 編)より)
右下が新築校舎(クリックすると大きな画像が開きます)
新校舎と講堂
新校舎の中庭
東北帝国大学附属工学専門部を経て再度分離独立、仙台高等工業学校へ
1912(明治45)年、所管が東北帝国大学に移り、仙台高等工業学校は東北帝国大学附属工学専門部となりましたが、1921(大正10)年4月に再度分離独立し、仙台高等工業学校が設置されました。
この際、敷地・建物も一部は東北帝国大学が使用することとなり、仙台高等工業学校の敷地面積は19,371.25坪(64,037.2m2)から12,897坪(42,634.7m2)へと、建物面積は3,821坪(12,631.4m2)から2,638.495坪(8,722.3m2)へと減少しています。
1922(大正11)年の配置図(創立三十周年記念誌(S14 仙台高等工業学校 編)より)
1908年新築の校舎は所管替えにより工学部本館として東北帝国大学が使用、仙台高等工業学校の建物略図からは削除されている
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南六軒丁校舎
その後、柔剣道場や講堂、図書閲覧室・書庫、化学実験室などが新築で整備され、運動場も拡張されました。1930(昭和5)年には建築学科が新設され、建築学科棟(鉄筋コンクリート造3階建410坪(1,355.4m2))が新築で整備されました。
1937(昭和12)年の配置図(創立三十周年記念誌(S14 仙台高等工業学校 編)より)
運動場と建築学科棟
講堂
1937(昭和12)年ごろからは新しい学科の増設や生徒の増募が増え、それに合わせて施設の新築・増築も頻繁に行われました。 設立当初、仮教室として使用されていた日就寮は新設学科の敷地とするため八木山萩ヶ丘に移転し、跡地には採鉱学科・冶金学科の施設が建設されました。
1943(昭和18)年の配置図(仙台高等工業学校一覧 昭和18年より)
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1944(昭和19)年には仙台工業専門学校と改称。土木科・機械科・電気科・建築科・化学工業科・採鉱科・冶金科からなる学科構成となりました。翌年の1945(昭和20)年の仙台空襲では日就寮・日就寮分寮・日進寮を焼失しました。
戦後、1949(昭和24)年に発足した新制東北大学の工学部に包括され東北大学仙台工業専門学校と改称、1951(昭和26)年に廃止され、その敷地・建物は東北大学に引き継がれました。
平成に入り、青葉山新キャンパス整備に伴い、敷地は南側の一部が東北学院大学に売却されました。